日見村

曖昧さ回避 愛媛県新居郡にあった「氷見村」とは異なります。
ひみむら
日見村
廃止日 1955年2月1日
廃止理由 編入合併
日見村長崎市
現在の自治体 長崎市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 長崎県
西彼杵郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 3,441
(国勢調査、1950年
隣接自治体 長崎市、西彼杵郡矢上村、茂木町
日見村役場
所在地 長崎県西彼杵郡日見村網場名486番地
座標 北緯32度45分16秒 東経129度56分47秒 / 北緯32.75458度 東経129.94631度 / 32.75458; 129.94631座標: 北緯32度45分16秒 東経129度56分47秒 / 北緯32.75458度 東経129.94631度 / 32.75458; 129.94631
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日見村(ひみむら)は、かつて長崎県西彼杵郡にあった村。1955年(昭和30年)2月1日長崎市に編入合併され自治体としては消滅した。

現在の長崎市日見地区にあたる。

地理

野母半島(長崎半島)の北部に位置し、東岸を橘湾に接する。

  • 山:日見峠、金比羅岳、水ノ平岳
  • 河川:日見川、清水川
  • 港湾:網場港

沿革

明治初期までは高来郡に属していたが、 1878年(明治11年)の郡区町村編制法施行時に西彼杵郡の管轄となった。

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、西彼杵郡日見村が単独村制にて発足。
  • 1898年(明治31年)10月1日 - 茂木村のうち古賀浦名・小崎名を当村に編入[1]
  • 1926年(大正15年)4月 - 日見峠に日見トンネル開通。
  • 1955年(昭和30年)2月1日 - 長崎市に編入し、自治体としての日見村は消滅。

地名

名を行政区域とする。日見村は1889年の町村制施行時に単独で自治体として発足したため、大字は無し。

  • 網場名(あば)
  • 河内名(ごうち)
  • 界名(さかい)
  • 宿名(しゅく)
  • 古賀浦名 - 1898年、茂木村より編入[1]
  • 小崎名 - 1898年、茂木村より編入[1]

学校

名所・旧跡

  • 日見随道[2]

参考文献

  • 角川日本地名大辞典 42 長崎県
  • 西彼杵郡現勢一班「日見村現勢概要」(1926年)国立国会図書館デジタルコレクション

脚注

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  1. ^ a b c 『西彼杵郡現勢一班』日見村現勢概要のうち「村沿革の大要」の項目では、2名の編入時期を明治32年10月1日と記載しているが、本項では茂木村現勢概要に記載の分割年月日を採用している。(茂木町 (長崎県)#歴史も参照)
  2. ^ 日見トンネル 長崎県の文化財
    長崎県が大正13年に着工し、2か年で完成。全長642m、幅員7.4mは当時日本最大規模のトンネルであった。2002年(平成14年)、国の登録有形文化財に登録された。

関連項目

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