岩井隆
花咲徳栄高等学校硬式野球部 監督 | |
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基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 埼玉県川口市 |
生年月日 | (1970-01-29) 1970年1月29日(54歳) |
選手情報 | |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
選手歴 | |
監督・コーチ歴 | |
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岩井 隆(いわい たかし、1970年1月29日[1] - )は、日本の高校野球指導者。花咲徳栄高校社会科教諭、硬式野球部監督。
経歴
川口市立幸並中学校から神奈川県の桐光学園高等学校に進学。高校時代の恩師は後に花咲徳栄高校の監督に就任する稲垣人司だった[2]。
高校卒業後、東北福祉大学に進学。野球部の同級生には斎藤隆、金本知憲、2学年先輩には佐々木主浩がいた。
大学卒業後は1992年から花咲徳栄高校に社会科教諭として赴任。野球部のコーチも兼ねる。2001年に前任の稲垣が亡くなると監督に就任した[3]。2017年には埼玉県勢としては初めて夏の甲子園大会で優勝した。
2019年には、指導者の黄金世代と呼ばれる「昭和44年世代」(正確には1969年度生まれのことを指す。岩井も1970年生まれ)の監督のうちで唯一、5年連続で甲子園での夏の選手権大会出場を果たした[4]。ちなみに「昭和44年世代」の指導者には、他に西谷浩一(大阪桐蔭監督)や、門馬敬治(元東海大相模・現創志学園監督)、吉田洸二(山梨学院監督)などがいる[5]。
信条は「心の野球」[要出典]。
恩師の稲垣を深く敬愛しており、「オヤジ」と呼び慕っていた[要出典]。[6]
主な教え子
著書
- 『道を教え、「自立」へ導く 花咲徳栄の人間育成術』(2018年2月19日、カンゼン)
脚注
- ^ “岩井 隆 - 株式会社カンゼン”. www.kanzen.jp. 2019年11月29日閲覧。
- ^ “[連続インタビュー]名将が球児だったころ――岩井隆「お前はワシの自動小銃になれ」(高木遊)”. Number Web - ナンバー. 2022年8月29日閲覧。
- ^ INC, SANKEI DIGITAL (2019年2月3日). “【彩人国記】花咲徳栄野球部監督・岩井隆さん(49) 初代校長から指導者像学ぶ”. 産経ニュース. 2019年11月29日閲覧。
- ^ “昭和44年世代で唯一!夏の5年連続出場の岩井隆(花咲徳栄)監督の存在の大きさ”. 高校野球ドットコム. 2022年8月29日閲覧。
- ^ “【動画】甲子園優勝監督4人、大学・社会人全国優勝監督もいる昭和44年世代”. 高校野球ドットコム. 2022年8月29日閲覧。
- ^ https://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/1876678.html
野球日本代表 - 2022 WBSC U-18ワールドカップ | |
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