各務平七

各務 平七(かがみ へいしち、1849年7月13日(嘉永2年5月24日[1]) - 1916年(大正5年)11月16日[2][3])は、明治から大正時代の政治家衆議院議員

経歴

美濃国土岐郡笠原村(岐阜県土岐郡笠原村、笠原町を経て現多治見市)に生まれる[2]岐阜県会議員を歴任した[2][3]

1902年(明治35年)8月の第7回衆議院議員総選挙では岐阜県郡部から出馬し当選[3]。衆議院議員を1期務めた[3]

脚注

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  1. ^ 衆議院事務局 1902, 15頁.
  2. ^ a b c 衆議院事務局 1940, 122頁.
  3. ^ a b c d 衆議院、参議院 1962, 130頁.

参考文献

  • 『第十七回帝国議会 衆議院議員名簿』衆議院事務局〈衆議院公報第一号附録〉、1902年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/900093/100 
  • 衆議院事務局 編『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1278238 
  • 衆議院、参議院 編『議会制度七十年史 第11』大蔵省印刷局、1962年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3000139